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ハッピーリッチコラム バックナンバー

第279号『スペイン カタルーニャ独立問題は何が問題なのか?』
    その歴史的背景と解決方法について考える~
2017/10/30

私的年金をつくろう 『ハッピーリッチ・アカデミー』第279号

こんにちは!
明るく前向きに自分の財産を築いていこうと頑張るみなさんに、ハッピーな人生を送るための情報を提供する「ハッピーリッチ・アカデミー」管理人の川瀬です。

 
■混迷を深めるカタルーニャ独立問題

もう20年くらい前になりますが、私、スペインに足かけ4年ほど住んでいました。
スペインには多くの友人がいますし、「第二の故郷」と勝手に思っているほど強い思い入れがあります。

そのスペインが今、揺れています。
とてもハラハラしながら、この「カタルーニャ独立」のニュースをみています。

<カタルーニャ州、独立宣言 スペインは自治権停止承認>
(2017年10月27日付 日本経済新聞)
『スペイン上院は27日、独立問題が長引く北東部カタルーニャ州の自治権停止を承認した。これを受け、中央政府は州首相らの解任などに踏み切る。現行憲法下で初となる異例の強硬措置は副作用が避けられないが、経済にも悪影響を及ぼし始めた事態の収拾を優先した。中央政府に抵抗した州議会は同日、独立を宣言した。』

今も昔もスペインはひとつではありません。行政的には17の自治州から成り立っています。中でも、自治意識が強いのが北部のバスク州と東部のカタルーニャ州です。

今回のカタルーニャ独立問題ですが、流血騒ぎにまで発展した10月1日の住民投票以降、一向に収束する気配がないどころかますます混迷を深めてきました。

10月27日にはカタルーニャ州議会は「独立宣言」を可決。一方、中央政府のラホイ首相は同日、カタルーニャ州の自治権停止に踏み切りました。プチデモン・カタルーニャ州首相や州政府閣僚を解任する予定です。

両者とも一歩も引きません。どうか武力衝突などの事態にまで進展しないように祈るのみです。

 
■なぜカタルーニャは独立を目指すのか?

なぜカタルーニャが独立を目指し、中央政府(マドリッドにあります)はそれを強硬に抑えつけているのでしょうか?

報道などでは、経済的な問題がクローズアップされています。
カタルーニャはスペインのGDPの2割を稼いでいる豊かな州です。その分、税金の負担が重いのですが、その割に財政資金の配分は少ない。自分たちの稼ぎが中央や他の州にばかり使われているではないか、という不満は確かに昔からずっとあります。

もう少し掘り下げて言うと、そもそもカタルーニャは違う国なのです。民族も文化も言語も違います。
一般的にスペイン語と呼ばれているのは、「カスティーリャ語」といって元々スペイン中央~中央以北で話されていた言語です。カタルーニャの言語は「カタラン語」です。カスティーリャ語よりもフランス語に近い感じです。文化的にもフランスに近い印象があります。
カタルーニャの人たちは総じて勤勉ですので、いわゆる「朝からワイン飲んで、シエスタ(昼寝)して、毎夜フィエスタ(お祭り)」といった楽天的なスペイン人のイメージではありません。あのイメージは南のアンダルシア地方のものであり、カタルーニャの人たちは「あの人たちとは一緒にしないでほしい」と思っています。私は一時、アンダルシア州に住んでいましたが、カタルーニャの人たちからアンダルシアを見下すような言葉を聞くことがしばしばありました。若干の差別的な意識を感じることはよくありました。

歴史的にも中央政府に対する深い遺恨があります。
1936年~1939年のスペイン内戦は、社会・共産主義系の人民戦線政府に対して、フランコ将軍率いる軍部が起こしたクーデターがきっかけです。スペイン全土で戦闘が続きましたが、特にバスクやカタルーニャが激戦地域になりました。バスクにおいて、反乱軍側についていたドイツ空軍によって空爆が行われましたが、それに対して、ピカソが抗議の意味を込めて「ゲルニカ」を描いたことは有名な話です。

スペイン内戦は、共産圏の食い込みに民族運動が重なった紛争だったわけですが、最終的に人民戦線政府の後ろ盾だと言われていたソ連が手を引き、フランコ反乱軍が勝利します。以降、フランコ独裁時代には、カタルーニャやバスクは徹底的に弾圧されます。自治権が奪われ、カタラン語やバスク語を話すことも禁じられました。自治権の回復はフランコの死去後、民主化した1978年まで待たねばなりませんでした。

もっとさかのぼると、中世の頃はアラゴン王国(こちらが今のカタルーニャ地方を含む)とカスティーリャ王国(こちらはマドリッド、カステーリャが中心)と、別々の国でした。今のスペインは、1479年のアラゴン王のフェルナンドとカリティーリャのイザベル女王の婚姻によって統一のきっかけができた(イスパニア王国の樹立)のです。

よく、マドリッドとバルセロナの関係を東京と大阪になぞらえて語られることがありますが、そんなレベルではありません。歴史的にもっと根深いものがあります。サッカーのレアルマドリードとFCバルセロナの試合は、野球の巨人対阪神のようなものではなく、もう戦争みたいな感じですからね。

 
■なぜ中央政府は独立を認めないのか?

今回のカタルーニャ独立への動きがうまくいくことはないと思います。
独立国家として認められるには他国からの支持が不可欠ですが、今回カタルーニャが独立宣言したところで、EU各国をはじめとして国際的な支持が得られることはないからです。
支持しているのは、同じスペインのバスク州や、スコットランド自治政府など民族独立を目指しているところだけです。
もともと欧州には100を超える民族が存在しています。民族問題を抱えていない国はないくらいです。カタルーニャを認めると、バスクやスコットランド、イタリアのロンバルディアにベネト、さらに中東まで目を向けるとクルドの独立まで認めなければならなくなります。これは明らかに混乱の元になります。ですからどの国もカタルーニャ独立を認めるわけにはいかないのです。

カタルーニャ州政府はすでに法律上は違法政府になりました。この先、国際的な支持が得られることはありません。当然EUにも加盟できません。EU域外になるとビジネスが出来なくなりますので、すでに700もの国際企業がカタルーニャからの移転を検討しているそうです。そうなると経済的にも大きなダメージを受けます。肝心かなめの経済が成り立たなくなると、例え独立できたとしてもカタルーニャは国として立ちいかなくなります。

独立するには国際世論を味方につけるしかないのですが、その可能性はほぼありません。プチデモン州首相はすでに何をゴールとして今の動きをとっているのか、落としどころがわからなくなっているようにも映ります。

 
■問題解決のためにはどうすればよいか?

カタルーニャの人たちも実は一枚岩ではありません。9割の賛成を獲得したという独立のための住民投票の投票率は4割にすぎませんでした。
今の独立を目指す動きを抑制するようなデモもバルセロナで行われたようです。

<カタルーニャ、100万人が独立反対デモ 連帯訴え>
(2017年10月29日付 日本経済新聞)
『スペイン北東部カタルーニャ自治州の州都バルセロナで29日、自治州の独立宣言に反対するデモ集会が開かれた。地元メディアによると、約100万人が参加した。参加者は口々に「スペイン万歳」と叫び、「連帯」の象徴として国内で受け継がれる歌を合唱しながら、市中心部をスペイン国旗で埋め尽くした。』

欧州や中東で起きている民族間の紛争は、ほぼ単一民族で同じ文化を共有している日本人にはなかなか理解しにくいものがあります。しかしこういった民族自決を目指した動きは世界各地に存在し、決して最近のことではなく、歴史的にずっと続いている話です。バスクや北アイルランドではテロリスト運動になりましたし、クルドではもうずっと武力衝突が続いています。

問題解決には話し合いしかありません。
私の個人的な気持ちとしては、カタルーニャをもう少し自立させてあげてもよいのでは、と思っています。中央政府は徴税に関する権限拡大や予算配分でもう少し譲歩してあげてもよいのではないかと思うのです。
しかし、中央政府側は強硬です。バスク州などの手前もあるので無理もないのかもしれませんが、流血騒ぎになった住民投票を封じ込めたようなやり方は強硬すぎます。こういうことが将来へのしこりにならないか心配です。

スペインを愛するひとりとして、どうかこれ以上深刻な紛争に発展しないことを祈るばかりです。

今回は以上です。
次回もお楽しみに。

 
【編集後記】 「私とスペイン」
 
私が25歳の時に企業派遣でスペインに1年間留学しました。短期留学でしたがバリャドリッド大学というところでスペイン内戦などの歴史も学びました。その後、28歳から30歳まで3年間、現地駐在員としてアンダルシアで働きました。スペインはとても魅力的な国です。その魅力を構成しているのはそれぞれ独自の文化を守り続けている地域・地方です。各都市を巡る旅がこれほど楽しい国はありません。この多様性こそがスペインの魅力です。心から穏やかな解決を願っています。